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最高裁判所第一小法廷 平成2年(行ツ)15号 判決

鹿児島県名瀬市金久町二一番一二号

上告人

神田タツ

右訴訟代理人弁護士

井之脇寿一

鹿児島県名瀬市幸町一九番二一号

被上告人

大島税務署長

廣瀬昌司

右指定代理人

山戸利彦

右当事者間の福岡高等裁判所宮崎支部昭和六三(年行)コ第三号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成元年一一月六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人井之脇寿一の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を避難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巌 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋本四郎平)

(平成二年(行ツ)第一五号 上告人 神田タツ)

上告代理人井之脇寿一の上告理由

原判決には、経験則違反ないし理由不備もしくは理由齟齬の違法があり、そのことは結論に重大な影響をおよぼすことが明らかで、破棄されるべきである。

一 はじめに

人は誰しも、買物をする場合、その目的となる物の価値を見極めようとする。その物につけられた価額とその物の価値とを比較し、後者に比較して前者が高い場合、稀有の場合をのぞいてその買物をしようとしない。逆の場合、よほどその落差が大きい場合は一応警戒の目を向けるであろうが、買いの衝動が働き、売買は成立するであろう。これが常識とされるものであり、法律上経験則といわれるものである。

ましてその目的となる物が不動産であり、かつその価額たるや数千万円の単位であつてみれば、右の常識ないし経験則は、より強く作用するとみなければならない。

二 ところで本件は、上告人の所有する土地(以下入船の土地という)と訴外宮之原の所有する土地(以下井根の土地という)との交換に関するものであつた。

上告人は等価交換であつたと主張し、被上告人はそうでなく三〇〇〇万円の交換差金の授受をともなうものであつたと主張するのであるから、原審でまずなすべきことは、入船の土地と井根の土地との客観的な取引価額すなわち時価はいくらであつたのかの事実認定をし、それが証拠によつてほぼ等価値であつた場合は、その交換に多額の差金をつけることが存在し得るのかを明らかにすることであつた。

三 上告人は原審で、本件交換の目的となつた各土地がほとんど等価であることを明らかにした。

1 井根の土地は、本件交換当時七三七番四、同番七の二筆であつたが、昭和五九年六月一五日、七番が四番に合筆された(甲第二九号証)。

井根の土地を上告人から買受けた有限会社南海産業は、昭和六〇年七月六日、同地上に鉄骨造陸屋根三階建店舗・居宅・倉庫を新築し、同月一七日所有権保存登記を経由した(同第三〇号証)。

有限会社南海産業は昭和六三年九月一三日、合筆された井根の土地とともに同地上にある店舗・居宅を前園せつ子に売却し、翌一四日買主前園は所有権移転登記を経由した(前同号証)。

しかし右売買代金は四〇〇〇万円であり、土地と建物とのそれぞれの価額は明示されていない(同第三一号証)。

2 名瀬市郡市計画評価審査員野村秀亮作成の評価調書によれば、井根町の土地の鑑定評価額は三一一五万円、同地上の建物の鑑定評価額は二四六八万八千円である(同第三二号証)。

一審判決ならびに原判決が、上告人と宮之原との交換契約で、「井根の土地を四〇〇〇万円」と評価したとするのはその限りにおいて正しいと言えよう。

3 他方上告人が所有していた「入舟の土地を七〇〇〇万円」と評価し、上告人と宮之原との交換契約で、交換差金を支払う契約が成立したとする原判決の誤りは、昭和六三年一〇月三日になされた不動産売買契約で明らかであろう。

すなわち右同日、訴外指宿英造は名瀬市入舟町一一番三宅地一八四・四六平方メートルを同地上の建物とともに、金三〇〇〇万円で訴外竹川實に売却する契約を締結した(同第三三号証)。しかして買主竹川實は平成元年一月一七日、右土地・建物につき所有権移転登記を経由した(同第三四・三五号証)。甲第三三号証では土地・建物の価額が一括して三〇〇〇万円となつており、内訳が明らかでない。しかし建物が昭和四二年七月に建てられたものであり、固定資産評価額も土地が七四四九六〇〇円であるのに対し、建物は一五六三〇八〇円でしかないことから(同第三六・三七号証)、右売買代金のうちほとんどは土地代と考えてよい。

4 しかも本件交換の対象となつた入舟の土地の所在地と右竹川が買受けた土地の所在地とは道路をはさんで向い合つており(同第三八号証)、その価値に差があるとは考えられない。むしろ土地の形状からみても竹川が買受けた一一番三の土地の方が高いと思われる。そのことは一一番三の土地の固定資産評価額が七四四九六〇〇円であるのに対し、本件交換の対象となつた入舟の土地の評価額は五五八九九二〇円であることによつても裏づけられる(同第三六・三九号証)。

加えて本件交換の対象の方が、面積が一五・一八平方メートル広いことに注目すべきであろう(前同号証)。

5 また本件交換が等価交換であつたことを示す間接事実として、対象地の固定資産評価額が存在する。入舟の土地の固定資産評価額は昭和六三年一月一日現在で五五八九九二〇円であり、井根の土地のそれは六二七六九六〇円であり(同第四〇号証)井根の土地の評価が六八七〇四〇円高く、その差は井根の土地の面積が少ないことを思えばもつと広がることになろう。

本件交換時における入舟の土地の固定資産評価額は三六七三三七〇円、井根の土地のそれは三八〇一〇四〇円で、その差は一二七六七〇円である(同第四二号証)。

もとより固定資産評価額が時価を下回っていることは周知の事実であるが、固定資産評価額なるものが地方自治体の固定資産評価審査委員会の審査にもとづき、当該自治体の住民に対する税の徴収の公平の理念のもとに決定されるものであることに鑑みれば、交換の対象となつた物件の所有物の価額見積りに二倍近い差が出てくること自体疑問としなければならない。

原審においても固定資産評価額については、評価照明書こそ証拠として提出されていなかつたが、井根の土地が入舟の土地を上回ることは明らかとなつていた(例えば乙第八号証、原告本人の供述二六三、三〇一~三〇四項)。しかし原判決はその理由中において路線価格に言及するのみで、固定資産評価額に一言も触れていない。

以上のとおり、本件各土地の時価が等しいことを看過ごした原判決は破棄されなければならない。

四 交換差金の出捐したという宮之原側の供述は一審来指摘しているように二転嫁・三転し、とくに金員の受領した場所に関してそれが著しく、真実を語つているとは思えず、むしろ出発点が墟構であつたためにそのほころびを繕おうとして供述に矛盾が出てくるのである。

原判決はこの点でも事実認定を誤つており、破棄されるべきである。

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